カロン・セギュールの歴史

1926年、28年、29年には格別の成果をあげ、1930年代にあっても1934年のものは上質でした。1945年、47年、48年、49年、53年には驚嘆すべき成功を成し遂げました。1940年代後半から1950年代初めにかけてのボルドーでこれに匹敵する成果をあげたシャトーはほとんどありませんでした。
1953年の後、1982年まで本当に深みのあるワインが作られたことはありませんでした。その間も悪くはなかったものの1960年代、1970年代は最高の年のものでさえ、かすかに酸化しており、果実味がくたびれていました。時には、カビ臭さがあったり古い木の味わいが強すぎたり、収斂味の強いタンニンが多すぎたりするものもありました。ボルドーの内情に精通した者の間では、セラー内でのワインの育て方、いわゆる育成(エルヴァージュ)が原因ではないかと考えられていた。また、瓶詰めが遅すぎたとか、澱引きや古い樽の清掃が、丁寧でないことが多かったのだろうとも考えられていました。
1982年以降、カロン・セギュールは自分のスタイルを取り戻し、1988年、89年、90年、95年、96年には上質のワインを作り出しました。この歴史ある偉大なシャトーは1970年代にその方向性を見失ったかに見えましたが、今では力強く立ち直り、そのワインは、スタイルこそ大きく異なるものの、コス・デストゥルネルやモンローズに迫る品質になっています。
ボルドー・サンテステフの3級格付けシャトー・カロン・セギュールは、昨年7月、カプベルン・ガスクトン家から、フランスの保険会社スラヴニールに売却されました。新支配人に、ネゴシアン「バランド&メネレ」のローラン・デュフォー氏が3月に就任。デュフォー氏はメドック出身で、リストラックに家族経営の小シャトーを有しています。バランド&メネレの前はバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドのネゴシアン部門で働いていました。カロン・セギュールは、シャトー・ペトリュスとネゴシアン、デュクロのオーナーであるジャン・フランソワ・ムエックス氏が所有する会社ヴィデロも、少量の株を所有します。ヴァンサン・ミレが技術責任者を務め、エリック・ボワスノがコンサルタントを務める体制は変わらない見込みです。