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≪近江牛≫ 毛利志満

近江牛と共に百三十余年、滋賀の『毛利志満』
生産から販売まで一貫した厳しい品質管理のもと、
真心を込めて、近江の食文化をお届けします!
屋号紹介
〜近江牛と共に〜毛利志満
天下の名品と絶賛される近江牛の歴史は、文明開化のころに始まります。 毛利志満は文明開化以来百三十年、近江牛とともに歩んできた老舗です。優秀な但馬産系統の血を受け継ぐ雌の子牛を、水も空気も澄みわたる近江・竜王の自営牧場で手塩にかけて自慢の近江牛に育てます。今では貴重となった、昔ながらの近江牛は、いつの時代も変わらない毛利志満の誇りです。 ルビーのような赤い光沢と柔らかな繊維、見事なまでに均等に入ったサシのバランスは、まさしく芸術品と呼ぶにふさわしい逸品です。口に入れれば、とろけるような食感の中からえも言われぬ芳しい香りが鼻腔を貫き、ゆっくりと噛みしめると甘味を帯びた肉汁がはじけ、心を満たします。大切なあの方への真心こめたギフトには、近江の食文化の担い手としてたゆまぬ研鑚と努力を重ねてきた、毛利志満のステーキやしゃぶしゃぶ用牛肉をぜひともご用命ください。 味、香り、柔らかさ、満足感、すべてにおいて、どなた様にも最高の贈答品としてきっと喜んでいただけることでしょう。
〜近江牛から近江に食文化へ〜
歴史と毛利志満のルーツは、二人の兄弟によるフロンティア精神から始まっています。 明治12年、まだ日本人があまり肉食を常用していなかった時代に、滋賀県竜王町山之上出身の竹中久次・森嶋留蔵兄弟が、東京浅草に牛肉卸小売と牛鍋専門店「米久」を開業しました。これが爆発的にヒットし、数年で26店舗を構えるまでに成長。「往来、絶えざる浅草通り。御蔵前の定舗の名も高旗の牛肉鍋」と歌われ、高村光太郎により『米久の晩餐』として詩にとりあげられるなど、近江の牛鍋は一世を風靡しました。 近江牛の名声を不動のものにした功績は大きかったといえます。当時は、生きたままの牛の運搬は大仕事であり、牛を追う旅の途中で盗賊に遭うこともありました。それを救ってくれたのが清水次郎長で、以来親交が続いたという逸話も伝えられています。 毛利志満は、先人である、この久次・留蔵兄弟の熱い意志を受け継ぎ、今日まで近江の食文化の発展に努めてまいりました。


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