日本画家・下村観山(1873-1930)の、関東圏では13年ぶりとなる大規模な回顧展。
紀伊徳川家に代々仕える能楽師の家に生まれた日本画家・下村観山(1873-1930)は、幼時より画の才能を発揮し、橋本雅邦に学んだのちに東京美術学校に第一期生として入学しました。卒業後は同校で教鞭を執るも校長の岡倉天心とともに同校を辞職、日本美術院の設立に参加し、岡倉の指導のもとで横山大観、菱田春草らと新時代にふさわしい日本美術の道を切り拓きました。
観山は古画の模写・模造事業への参加、1903年からの2か年にわたるイギリス留学・欧州巡遊などを通して自身の高い技術力に磨きをかけていきました。《木の間の秋》(1907年)、《小倉山》(1909年)には、その成果として、やまと絵や琳派の技法を十分に消化しつつ、西洋画由来の写実的な表現を融合させた跡がうかがえます。岡倉の没後は《弱法師》(1915年、重要文化財)のように、主題の着想やその表現に創意工夫をこらした作品も生み出されました。
本展では、観山の代表作により作家の画業を通観するとともに、最新の研究成果も盛り込みながら、日本の近代美術史における観山芸術の意義を改めて検証します。
観山肖像写真 個人蔵 ※画像・写真の無断転載を禁じます
《ディオゲネス》 1903-05年頃 大英博物館蔵 ©The Trustees of the British Museum ※画像・写真の無断転載を禁じます
《魚籃観音》 1928(昭和3)年 西中山 妙福寺蔵 ※画像・写真の無断転載を禁じます
《楓》 1925(大正14)年 南湖神社蔵 画像提供:白河市歴史民俗資料館 ※画像・写真の無断転載を禁じます
《毘沙門天 弁財天》 1911(明治44)年 徳島県立近代美術館蔵 ※画像・写真の無断転載を禁じます
《竹の子》(絶筆) 1930(昭和5)年 個人蔵 ※画像・写真の無断転載を禁じます