没後100年 小林清親展 —文明開化の光と影をみつめて |
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抽選でペア5組10名様をご招待!
応募受付終了しました。
小林清親「駿河町雪」 大判錦絵 明治12年(1879)頃 府中市美術館蔵 |
2015年4月5日(日)から5月17日(日)まで練馬区立美術館で「没後100年小林清親展 文明開化の光と影をみつめて」が開催されます。
※交通費等はお客様ご自身でご負担願います。
 | 小林清親「高輪牛町朧月景」大判錦絵 明治12 年(1879) 個人蔵(練馬区立美術館寄託) |
 | 小林清親「明治十四年二月十一日夜大火久松町ニ而見る出火」 大判錦絵 明治14年(1881)頃 山口県立萩美術館・浦上記念館 |
 | 小林清親「獅子図」 絹本着色二曲一隻明治17 年(1884) 千葉市美術館蔵 |
江戸、本所に生まれた小林清親(弘化4〜大正4 1847〜1915)は幕臣として伏見の戦いにも参戦、江戸城開城を目の当たりにするなど、まさに、江戸の終焉を肌身に感じる青年時代を送っています。
明治9年(1876)、清親は江戸からの変貌を遂げた東京の風景を、銅版画や水彩画を意識し、光と影の表現を駆使した新しい感覚の木版画として世に送り出しました。「光線画」の誕生です。清親はこの新東京風景を次々と発表しセンセーショナルなデビューを果たします。こうした風景画に加えて花鳥画や静物画などを発表。その表現、技術共に頂点に達しますが、明治14年を最後に、好評だった東京風景画をやめ、戯画、社会風刺画を描きジャーナリズムとの関係も深めていきます。明治27年、日清戦争が始まると戦争画を手がけるなど、社会、風俗に応じた、浮世絵師としての仕事を全うしてきましたが、木版画の斜陽には抗あらがえず、出版からは離れ、50 歳を過ぎた頃から肉筆画にその活動の場を求めていくことになります。
明治後期からは一線を退き、時代に取り残された浮世絵師の残像と見なされがちな清親でしたが、近年、肉筆画の大作が発見されるなど評価も変わりつつあります。
没後100 年の記念展となる本展では、版画・肉筆画・スケッチなど約280点により”最後の浮世絵師”清親を総合的に回顧します。
*会期中展示替えを行います。
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- 開催概要 -
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名 称 |
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没後100年小林清親展 文明開化の光と影をみつめて |
会 場 |
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練馬区立美術館
東京都練馬区貫井1丁目36番16号 |
会場URL |
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会 期 |
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2015年4月5日(日)〜5月17日(日) |
開館時間 |
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午前10 時〜午後6時 ※入館は午後5 時30分まで |
休館日 |
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月曜日 ※但し、5 月4 日(月・祝)、5 日(火・祝)、6 日(水・祝)は開館、5 月7 日(木)が休館。 |
観覧料 |
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一般500 円、大学・高校生および65〜74 歳300 円、
中学生以下および75 歳以上無料(その他各種割引制度あり) |
交 通 |
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【西武池袋線中村橋駅からの道順】
改札は1ヶ所(東側)です。改札を左に出て、線路沿いの道を石神井公園駅方向に130メートル先の右側です。
●JR中央線 阿佐ヶ谷駅北口から
関東バス「中村橋」行き 終点下車 徒歩4分
●JR中央線 荻窪駅北口から
関東バス(西武新宿線 鷺ノ宮駅経由)中村橋行き または 練馬駅行き「中村橋」下車 徒歩4分
【関東バス中村橋(バス停)からの道順】
バスは、中村郵便局そばに停車します。交番を目印に北へ進み、駅高架下をくぐって、線路沿いの道を石神井公園駅方面に130メートル先の右側です。 |
問合せ |
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練馬区立美術館 03-3577-1821 |
主 催 |
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練馬区立美術館(指定管理者(公財)練馬区文化振興協会)、日本経済新聞社 |
協 力 |
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横浜美術館 |
※応募者多数の場合は、厳正な抽選を行い当選者を決定いたします。
また、当選者の発表は、招待券の発送をもってかえさせて頂きます。
※写真の無断転載を禁じます。 |
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