土佐・本川 手箱きじ

屋号説明

土佐藩の御留山を守り続けた献上氷室伝説の里
高知・本川は手箱山のふもとで大切に育てた
最高級のきじ肉をお届けします。

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西日本の最高峰石鎚山系にあって、献上氷室の伝説を今に伝える本川の「手箱山」は、江戸時代には土佐藩より狩りや樹木の伐採を厳しく禁じられた御留山(おとめやま)として保護されていたため、今も原生林や手つかずの自然が多く残っており、土佐藩とのゆかりの里として古くから人々に崇められた、清冽な風土と歴史の里である。

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四国三郎とよばれる大河・吉野川の最源流域を占めるのは高知県いの町本川(ほんがわ)地区です。この地区は人口がわずか500人ほどの山村で、2004年の平成の大合併までは土佐郡本川村でした。

本川キジ生産組合のキジ舎は標高700m、吉野川の水の最初の一滴が生まれる山の中腹に作られていた。地面に砂が敷かれたキジ舎の中ではオスとメスのキジが元気に動きまわっていた。養鶏場でよく目にする集合住宅タイプとは違い、中を自由に動ける平飼いという方式で飼われていた。キジの動きはニワトリとはまったく違う。まだまだ野生が残っているのだろう、動きが俊敏で、キジ舎の中を自由に飛びまわる。高さが3mほどあるキジ舎の内部には人間の背よりも高い位置に何本も止まり木が渡されていて、そこにたくさんのキジが止まっていて、上から私を見下ろしていた。

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生産組合のメンバーである地元企業、手箱(てばこ)建設が運営するこの施設には、4棟のキジ舎があり現在約1500羽が飼われている。飼育されているのはコウライキジで、日本にもともと生息しているキジとは少し種類が違い、ユーラシア大陸に広く分布する種だそうだ。
キジ舎は鳥インフルエンザ対策で野鳥の侵入を防ぐためと、イタチやタヌキ、ハクビシンなどの野生動物に襲われないように外部としっかり隔離されていた。

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本川地区でキジの養殖は1980年、岡山からヒナを移入して始まったという。一時は5軒で8000羽を飼育するまでになったが、後継者難などで10年前には1軒だけになっていた。地区の産業としてなんとかキジ養殖を残そうと、5年前に5人の組合員で本川キジ生産組合を立ち上げ、「本川手箱キジ」のブランド名で全国展開をはじめたところだ。「手箱」は、本川地区の最奥部にある四国百名山のひとつ、手箱山に由来する名前である。
手箱キジはエサに独自の工夫をしている。配合飼料の他に地元産のカボチャ、キュウリ、ナシ、ブドウなどを毎日食べさせ、200日から220日育ったものを出荷している。こうすることでできるだけ野生のキジに近い肉質と味を追求して、消費者にアピールしようと考えている。ジビエ料理の素材としてこの「野性味」を残す戦略は正解だろう。