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作曲家、作詞家、また歌手として
多くのラブソングを手掛けた
伝説のアーティスト、下田逸郎
プロフィール
≪憧れと感銘と≫ 松山千春

フォークシンガーとして先輩と呼べるのは誰?
と聞かれたら真っ先に下田逸郎の名前を挙げるだろう。

旅をすることでいろんな人と出会いながら曲を作り歌を歌う。
フォークシンガーとしての原点だと思う。

下田逸郎は、今でもそのスタイルを守っている。
永遠の、さすらいの詩人である。

「マイナーであることのメジャーさ」
下田逸郎はそのことをよく理解している。

売れる、売れないではない。 自分の歌が歌えるか、
伝わるか、それだけのためにひた走っている。

そして、これからも自分のことばで
「生と死」を歌っていってもらいたいと願う。
いつまでもセクシーであってほしい。
経歴
1948年 宮崎生まれ 2歳の時 東京へ
1967年 リズムミュージックカレッジに学ぶ
1969年 東京キッドブラザーズに作曲・音楽監督として参加
1970年 ミュージカル「ゴールデンバット」を持ちニューヨーク・オフブロードウェイで10か月のロングラン公演、ニューヨークタイムスに絶賛される。
1971年 Drama Desk Award Most Promising Composer Awardを受賞。帰国後、ファーストアルバム『遺言歌』(日本フォノグラム)を残して単独でスウェーデン、スペイン、パリと流れ、再びニューヨークへ漂着。
1973年 ニューヨークのミュージシャンと共に帰国後、『飛べない鳥、飛ばない鳥』(ポリドール)をリリース、著書として「ラブ・トリップ」(スポニチ出版)を出版。
1974年〜 シンガー・ソング・ライターとして『陽のあたる翼』『銀の魚』(ポリドール)『さりげない夜』『夜の踊り』『LOVESONG IN THE NIGHT』『愛の裏表』『ナイトパートナー』(CBSソニー)と毎年アルバムをリリース、著書「銀の魚」(サンリオ出版/共著・安井かずみ)を出版。プロデューサーとして桑名正博のアルバム『WHO ARE YOU』、作詞家として和田アキ子、アン・ルイス、太田裕美、石川セリ、山下久美子、中原理恵などに作品を提供。自身のシングルとしては「踊り子」「セクシィ」等のヒット曲を生んだ。
1981年〜 中国、エジプトを滞在後、日本の長崎から沖縄、種子島、北海道と旅を続け・・・「この私には愛の歌しかうたえない」ことを確認する。
1987年 「ラブソングは40歳から」と音楽活動を再開、旅の間に作った歌は100曲あまり。
1995年 ソングブック(CD&写真集)『私の日本 冬の旅・九州』(下田通信所)発売。フランスのミュージシャンたちと「花よ鳥よ風よ月よ」(キティエンタープライズ)リリース。
1996年 フランス オベール・シュル・オワーズにて「水平線眺めている」(キティエンタープライズ)録音。
1998年 下田逸郎作品集 「PARIS 湯玉 HAWAII」パリとハワイでレコーディング。フランス語・中国語・ハワイ語に訳し、各国の歌手に唄ってもらったCD.下田逸郎は日本語で参加。
2006年 ラ・ママETC Ellen Stewart と再会。音楽家としての出発点であるニューヨークで、もういちどステージをつくってみたいと思い、2009年ニューヨークにてミーティングを持ち、2010年に40年ぶりにニューヨークにて「THE LAST GOLDENBAT」公演DVD『THE LAST GOLDENBAT 〜紅い花咲いた』完成


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