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山国さきがけセンター

できる限り農薬や化学肥料を使わない
「お米づくり・大豆づくり」に挑戦しています。
良質な材料を使用し、一つ一つ心を込めて作っています。
屋号紹介
地産の納豆、餅米をつきこみ、伯方の塩で味付けした切り餅は、京都・京北の里からの贈り物。
千年もの昔から受け継がれてきた『納豆』その納豆を使ったお正月の伝統食品『納豆もち』を後世に残そうと、約30年前に地域の有志が加工食品として開発しました。

2001年わが社の設立と合わせ加工事業を受け継ぎ、地産の納豆、餅米にこだわる京北の特産品として量産、販売体制を整えました。
全国各地には古い歴史をもち、地域の人々の中で温かく育まれてきた伝統の味は数多くありますが、納豆と餅米をつきこみ、切り餅とした納豆もちは、全国的にも珍しい京都・京北の特産品です。
納豆もちの歴史
長岡京・平安京の造営には、その上流に位置するここ京北の山国村の材木が活用され、桂川を利用して運搬されました。そのため、山国村は禁裏御陵地でもあり、地域の農民は朝廷の護衛などの役割もあって、奥州征伐や江戸倒幕にも「官軍」として参加しました。

そんな山国隊の郷土食として、広く勤皇の兵士たちに賞味されたと伝えられているのが「納豆もち」

農山村で不足しがちなたんぱく質を大豆で補い、栄養が豊富、餅は高カロリーでしかも消化吸収がよく、おいしくて保存も可能な優れものの「納豆もち」 体力がいる山仕事や、水運 による材木搬送のいかだ師の弁当に愛用され、農山村における必需食品として受け継がれてきました。
旧山国村では、正月3日間は、納豆もちで過ごす習慣があり、大豆から納豆を作り、おもちで包んで食べました。

今でも、正月三が日には、祝いもちとして食べる家庭があります。 昔は自分の顔の大きさくらいのおもちでした。 三が日かけて、固くなれば軽く火であぶり、その香ばしさを楽しんだそうです。

毎日食事を作っている女の人にとって、この三が日だけは休息日でもあったようです。

村おこしのため、京北の地元ブランドを開発すべく設立した山国さきがけセンター。 商品に「納豆もち」を選んだのは、この地域の人々が昔からを郷土食として「納豆もち」を親しんできたという歴史背景があるからです。
納豆発祥の地のひとつ
納豆発祥の伝説は日本各地にありますが、京都・右京区京北もそのうちの1つであるといわれています。

南北朝時代の政争に敗れて出家した光厳法王が開山した常照皇寺には、光厳法皇の生涯を描いた絵巻物が現存し、そのなかに、法王が里人にふるまったと思われるわらづとに包まれた絵が見られます。
伝わる話によると、厳しい修行をする光厳法王を見た村人が、歳末に炊くみそ豆を、わらを束ねた『つと』に入れて献上しました。
法王はその煮豆を少しずつ食べ、しばらくすると豆に糸がひくようになりました。腐らせてしまったと思いながらも、村人からいただいた豆を捨てるわけにもいかないので食べたところ、塩をかけると味がよくなり、とてもおいしかったことから、それを里人にふるまったことで、わらつと納豆が広まったといわれています。


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