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京都 美山荘

知る人ぞ知る日本のオーベルジュ、京都美山荘
NIKKEI プラス1「お代わりしたくなるご飯のお供」第2位の
「花山椒ちりめん」など食通を唸らせる逸品をご賞味ください!
明治中期、峰定寺の宿坊から始まる美山荘は、料理と宿を提供する京の奥座敷として今4代目を継ぐ。都の風雅と山里の野趣を出合わせ、その接点を独自のかたちに整えた美山荘は懐石「摘草料理」はもちろん、精神性を重んじたもてなしにも定評がある。
近年10年余りかけて面目を一新した佇まいは、数寄屋建築の巨匠中村外二の手になるもので、自然と文化の融合を見事に昇華させた空間は訪れる人の心をとらえて止まない。
屋号紹介
鞍馬寺を過ぎると急に山道にさしかかる、杉木立の中をくぐり抜け花背峠を越えるとそこは桃源郷の世界...。
鞍馬から約20キロ、大悲山峰定寺の看板を上桂川の
支流の折れて走ると、パッと開けた清閑な場所に美山荘は在る。 この長い道のりも、山を越え谷を越えての
「露路」とたとえれば一入趣を深くする。
平安末期、鳥羽法皇の勅願により建立された峰定寺は平家ゆかりの名刹で、当時都から人々は歩いて祈りを捧げに通った。当庵の初代「庄吉郎」はこの峰定寺に帰依していたが、明治半ばの頃、門前に宿坊を開いたのが美山荘のそもそもの始まりである。

美山荘は当初よりこの土地に由来する素材にこだわり、野草や花背の清流を泳ぐ魚、鯖街道に因んで
海のものも少し取り入れた食材で、代々かたちを変えつつも茶懐石の心を汲む「摘草料理」を造り上げて来た。それは大宮人が野に出て若菜を摘む、まことに優雅な風情を料理に試みたもので、生活の糧の為の行為とは一線を画したものである。摘草はいわば生活の中の遊びの部分を司る行為と云えよう。

食を求め、日本の宿の文化に期待をかけつつ 秘かに足を運ぶ国内外のお客様に 良い食材と心地よい空間を提供し、それを良いエネルギーに変えていただく...。鄙の都ぶりなる独自のかたちをつくる美山荘は知る人ぞ知る日本のオーベルジュ。


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